「老舗の京料理」シリーズの4回目は、天保8年(1837)から料理屋を営む瓢亭です。臨済宗の古刹南禅寺の西の門番を兼ねた茶店に始まり、店先に床几と草鞋、露地笠が揃う姿が往時の様子を伝えています。京都の気候風土が育てた苔の緑に沿って石畳を伝い歩けば、茅葺の茶室「くずや」に出合い、緑に洗われるわずかな距離に心が澄み渡ります。
秋が深まる10月最終日の取材に立ち合ってくださったのは、14代目の髙橋英一さんです。14代目のお話は、料理や器のことからお茶のお稽古仲間との楽しい日々にいたるまで、多岐にわたりました。
今回の取材こぼれ話はこちら。
☝ 今月の料理と器、盛り付けの勘どころ
☝ 井口海仙宗匠のお稽古で出会った良き仲間
☝ 鵬雲斎宗匠から伝授されたお薄との付き合い方
「器と料理を仲よくさせて、美しく盛る。
それがいちばん大事なことですね」

お話をうかがった14代目の髙橋英一さん
今日の焼き物は、小鯛を大きい鯛と同じように姿のまま焼いて、福々しい形に仕上げています。器は永樂即全さんの菊籬です。ドーンと存在感があって座が明るくなるような大皿ですね。絵柄も素晴らしく、色もいい。永樂さんはどんな色を使っても綺麗なんです。即全さんには子供のころから可愛がっていただきましてね。私のことは「ぼん」と呼ばれ、店先の床几でいろんな話をしてくださいました。帰り際には新聞紙に包んだぐい呑をぽんと渡してくださってね。なので、うちには永樂さんのぐい吞みがいくつもあるんですよ。
料理の世界で長く仕事をしてきますと、器選びについてよく聞かれますけど、派手なものでも地味なものでも、盛り方次第だと思っています。合わないということは滅多にありません。器と料理を仲よくさせて、美しく盛る。それがいちばん大事なことですね。手をかけ過ぎないように少し手前で止める。余白を残しておく。大切なのは、塩梅ですね。その感覚は、目の前のものを自分なりの感じ方で扱って、それをまた調整する。その繰り返しの中で培われると思いますね。
私は花も小さい頃から好きで、母が生けるのを横でずっと見ていました。早くから自分でも植えて、育てて。蘭のような、華やかな花が好きだった時期もありましたけど、大人になるにつれ、茶花の控えめな美しさに惹かれるようになりました。どの部屋にはどんな花が合うか、という感覚も自然と身に付いていきました。
お茶は、修業から帰ってすぐ「やりなさい」と言われたので、井口海仙宗匠の門を叩きました。先生はお人柄が素晴らしく、堅苦しいだけじゃなく、「お茶は楽しむもんや」とよく言っておられました。私がうかがっていた木曜のお稽古は男性が多くて、終わったらみんなで夜食を食べに行ったり、郊外でバーベキューみたいなことをしたりして、楽しかったですね。陶芸の方や数寄屋大工、狂言の役者さんなどいろんな分野の方が来ておられて、本当にいい仲間でした。若いころからのつきあいなので、この歳になってもいまだにお互いを“ちゃん付け”で呼びあっていますよ。
お薄は、若い頃から一日三服飲んでいます。20代の頃に鵬雲斎宗匠から「一日一服と言わず、二服、三服を毎日続けて飲みなさい」と言われましてね。鵬雲斎宗匠は、いつも私の肩をポンポンと叩きながら「髙橋くん、元気にしてるか」と気さくに声をかけてくださるような方でした。午前中に一服、午後から二服飲んでいますが、これは体にとてもよい習慣になったと今でも感謝しております。

一月の焼物。小鯛を味噌幽庵地に漬けた後、ふくら雀に見立てて焼いている。味噌幽庵地は、従来の幽庵地に白粒味噌を加えたもので、髙橋英一さんが26歳の頃に考え出した手法


一匹ずつ盛り付けたのは、お悠さんの名で知られる永樂妙全さんの赤絵と染付の八角皿。交互にお出しすると、色と絵柄で晴れ立ちます

花は母の仕事を見て覚えた。床の間には髙橋英一さん自らが育てた花を入れている

