― 菊乃井 ― 第7回
山手へ伸びる坂の脇道を少し進んだ先に、見事な数寄屋普請を構える「菊乃井」。一帯は一年を通じて山裾の静けさに満ち、坂の下の賑わいとは異なる世界が広がっています。菊乃井の先祖は、茶の湯にも使われる名水「菊水の井」を守る茶頭で、料理屋としての暖簾を掲げたのは1912年(大正元年)のことでした。
その歴史ある店へ取材に訪れたのは2月の中頃。春の便りはまだ先のことと思われましたが、4月号のお料理が運ばれるやいなや、景色は一変。ひと足早く、部屋いっぱいに桜の香りが広がりました。
今回お話をうかがったのは、専務取締役の村田知晴さんです。商社での勤務経験を経て、妻である村田家の長女・紫帆さんの家業に入って10年になるそうで、外の世界を知るからこその客観的な視点と、伝統の重みに真摯に向き合う知晴さんの言葉からは、京料理の未来を見据えた静かな覚悟がにじんでいました。
今回の取材こぼれ話はこちら。
☝ 異業種経験を経て見えた、京料理業界の懐の深さ
☝ 教えることで共に育つ、厨房のチームワーク
☝ 一皿の料理に問われた「料理人としての在り方」
「菊乃井の厨房にあるのは
料理人の成長を促すチームワークです」

お話をうかがった専務取締役の村田知晴さん
「私は30歳を過ぎてからこの世界に入りました。それまでは商社で営業をしていて、包丁を持ったこともなければ、大根の皮をむいたこともありませんでした。正直、不安はありましたが、仕事ですから『やるしかない』と。いきなり上手くいく人はいませんし、できることを一つずつ積み重ねるしかないと思って歩んでまいりました。
菊乃井の厨房はとてもオープンで、わからないことは聞けば何でも教えてくれますし、やりたいと願い出れば挑戦もさせてもらえます。いわゆる“見て盗め”という時代とは違って、チームワークで料理をつくっているのです。こうした空気は、大将(村田吉弘氏)の考え方そのもので、大将は、料理人を早く一人前にして巣立たせ、京料理を支える担い手を増やすことこそが、業界の未来を支えるとお考えなのです。
また、京料理組合という大きな枠組みの中にも、先輩方が後輩を温かく見守ってくれる風土があります。忘れられないのは、ある料亭で先輩がつくってくださった一切れのタコの料理です。それは単においしいだけでなく、技術的にも圧倒される素晴らしいものでした。当時、進むべき道に迷いのあった私に、その一皿が『お前はどうありたいんや』と問いかけた気がしました。技術以上に、料理人としての『在り方』を突きつけられた。その経験はいまも、私の中に鮮烈に残っています。
10年はあっという間でしたが、今後の展望は、これは大将も常々掲げておられることですが、まずは地域の方々に寄り添う料理屋であり続けたい、ということです。そして、お客さまに喜んでいただくためには、まず働く人が幸せでなければならない。私は勤め人だった経験があるからこそ、その大切さが身に染みてわかります。店も、働く人間も、お客さまも、みんなが心豊かにいられる環境。それこそが、今も未来も求められる老舗の姿だと思っています」。

八寸の花見籠には、鯛肝の松風と車海老の艶煮、アボカドの味噌漬けでつくる花見串のほか、桜鯛の木の芽寿司や蛸桜煮、蕨烏賊、蝶々長芋など、まずは目で楽しむお料理の数々が盛り込まれています

春の川端通を映したような柳桜の酒盃も、この時期ならではの風雅な取り合わせです

煮物椀には、骨切りした伝助穴子と蓬を練り込んだ胡麻豆腐が。桜の花びらを散らし、「桜花仕立て」という風流な名が冠されています。花びらが沈まないよう、出汁にわずかに葛でとろみをつけるなど、繊細な技が光る一品です

強肴の「ぐじ桜蒸し」は春の定番。道明寺に刻んだ筍と桜を混ぜ込んで蒸し、それをぐじ(甘鯛)で巻いています。煎り道明寺を散らすことで、春筏のような情景を表現しています

