
「老舗の京料理」シリーズ三回目となる今回は、御霊神社のほど近くに暖簾を掲げる「畑かく」さんです。京の冬を象徴する「ぼたん鍋」は、洛北・雲ヶ畑出身の初代が、郷里の味を京の町に広めんと試行錯誤を重ねて完成させた名物。その味は三代にわたり受け継がれ、いまも京都に冬の花を咲かせています。
今回の取材こぼれ話はこちら。
☝創業の背景と初代の心意気
☝味と見た目で京の人に寄り添う工夫
☝ぼたん鍋への思い
「初代の志が詰まったぼたん鍋の味を
このまま次の代へも受け継いでいきたいです」

お話をうかがった三代目当主の新造一夫さん
私どもの初代は宿屋の長男に生まれ、八人兄弟でしたので、自分は都へ出て商売をしようと思ったようです。商いが軌道に乗るまではさまざまなことを試み、丸太町の料理屋で基礎を学んでから、ようやく京会席の店として歩み始めました。
初代である祖父は山で獲れた猪を、どうにか京の人に食べてもらいたいと考え、郷里の猪鍋を白味噌仕立てで供しようと決めました。馬力のある人でしたから、白味噌でいくと決めると全国から取り寄せて吟味したと聞いています。野菜も、水気が出ず、猪肉に負けない白葱や芹、牛蒡を選びました。味が定まると料理屋向けの試食会を三度開いて普及に努めましたが、京の町に浸透するには、それから随分と時を要し、ようやく父の代になって知られるようになりました。
猪肉を花のように盛り付けるのは、見立ての心からです。五十年ほど前、冷凍機が発達して肉を薄く切れるようになり、花びらのように盛る姿が生まれました。
祖父が練り上げた味ですから、私はどこも変えることなく受け継いでいます。手前みそながら、本当によく考えられていて、おいしいと思っています。父の代からはポン酢を添えるようになりましたが、それはある時お客様が「(具が)熱いな、つけるもんないか」とおっしゃったからで、それ以来、自家製のポン酢を合わせています。そうやってお客様に育ててもらったのが、うちのぼたん鍋。この味と商いは、祖父から受け取った、私の一番の財産ですね。

ぼたん鍋は猪肉に脂が乗る十二月半ばが旬。白味噌は初代が吟味して選んだ府中の荒味噌を使用している。支店は設けず、通信販売も行っていないため、ぼたん鍋はこちらの店でのみ味わえる。


増改築を経てととのえられた趣のある数寄屋造りの建物。一階のすべての部屋に囲炉裏を設け、パチパチと炭が弾ける音と同時に香ばしい香りが広がる。

部屋から望む中庭の眺め。穏やかな緑が静寂を届ける。

